むかしむかし、美濃国の山深い村に、源丞内という若者がおった。丞内は、年老いた父親とふたり、貧しい中にも幸せな毎日を過ごしておった。
丞内は、毎朝かいがいしゅう食事の支度をすると、老父を家に残して山へ出かけていった。そうして夕方には、山で採った焚き木とひきかえに、米と酒を買って帰った。
酒は、目も耳も弱ってしもうた老父の、たった一つの楽しみなのであったが、その酒もときには買えんほど、丞内は貧しかった。
夕方、丞内が家へ帰りつくのを待ちかねておった老父は、
「今日は、どんなじゃったかな。」
と聞く。丞内が老父の耳に口を近うして、
「よう売れ申したぞ。おとっさまの酒も、これこのとおり……。」
と、腰のひょうたんをポンポンたたいてみせると、老父はよう見えん目をしょぼしょぼさせながら、そんでもうれしそうに、
「ふんふん。」
と首をふる。
ところが、酒の買えなんだ日にゃ、老父の顔がますますしょぼくれて、急に老いこんでしまうようにさえ思われる。
もともと親思いの丞内にしてみりゃ、そんな父親の顔を見るのは、身を切られるより辛いことであったから、薪がよう売れなんだ日にゃ、米をへらしても酒を買うようにしておった。
米を減らしゃ、丞内がひもじい思いをせにゃならん。けれども、ほんの少しの酒にも、目のふちをそめた老父が、気持ちよさそうに目を細うして、丞内の知らない古い歌なんぞ歌い出すのを聞くと丞内は、自分がひもじいことなんぞ忘れてしもうて、けっこう幸せな気持ちになれた。
ある日のこと、その日も丞内は山へ入って焚き木をとっておった。ここ二〜三日、焚き木がよう売れん日が続いたので、丞内はふらふらするほどひもじかったが、老父のことを思い出しながら、力の入らん足を踏みしめては、仕事にはげんでおった。
ようよう焚き木を集め終わって、ほっと腰を伸ばした時、コケのいっぱいはえておった石に滑って、丞内は、どうと投げ出された。
倒れたところは、落ち葉のふきだまりになっておって、ふかふかしておったから、たいして痛うはなかった。だが丞内は、そのままの格好で転がっておった。腹が減っておったし、ふかふかして気持ちがよかったからだ。
そのうちに丞内は眠ってしもうた。
丞内は、夢を見ておった。何の夢か、ようわからなんだが、夢の中から、酒のにおいがしてきた。そのにおいがだんだん強うなってきて、丞内は目をさました。
「そうじゃ、とっさまの酒を早う買わにゃ。こうしてはおられんわい。」
丞内は、落ち葉をはらって起き上がったが、夢の続きのように酒のにおいがしてくる。
「まんだ夢を見とるのか知らん。」
と思って、丞内は自分の耳をひっぱってみた。夢ではないしるしに、耳は飛び上がるほど痛かったが、酒のにおいは、やっぱり消えなんだ。
(こんな山ん中で、おかしなこともあるもんじゃ。)
丞内は、よつんばいになって、犬のようにそこらあたりを嗅ぎまわった。
においは、こけむした岩の下から出ているようであった。岩の下を覗くと、割れ目から清水が湧き出しておる。水は多くはないがほんによう澄んだ、美しい水であった。
(こんなところに湧き水なんぞあったかのう。)
丞内は、腰をかがめて、水をすくいとった。手の切れるように、冷たい清水は、かいでみると、頭のしんにひびく、かぐわしい酒のにおいがした。なめてみると、腹の底までしみとおる豊かな味であった。一口飲むと、体の隅々まで、力があふれてくるようであった。
普段酒を飲まず、酒の味なぞ分かりもしない丞内にも、それが、とびきりいい酒であることが解かるほど、すばらしい味であった。
丞内は、大喜びで、腰のひょうたんに酒をつめると、飛ぶようにして家へ帰っていった。これから毎日、老父の喜ぶ顔が見られると思うと、ひもじかったのも忘れて、丞内の足は軽かった。
老父は、大喜びでその酒を飲んだ。飲みながら、何べんとなく、
「うまいのう。ほんにええ酒じゃ。」
と、満足そうに言うのであった。昔からの酒好きで、酒の味のようわかる老父を、こんなに喜ばせる酒だから、よっぽどいい酒であったに違いない。
それから、丞内が酒をくんで帰り、老父が喜んで飲む日が続いたが、不思議なことに、泉の酒を飲むようになって、不自由だった老父の目が、よう見えるようになり、耳もよう聞こえるようになった。そればかりか、よぼよぼしておった足腰まで、しゃんとしてしもうて、老父はすっかり若返ってしもうた。
丞内が見つけた酒の泉の噂は、すぐに村中に知れ渡り、人々は争って酒をくみに行った。そして、そこへ行った人々はもちろん、そうでない人々まで、
「ほんに美しい泉じゃ。」
「ええにおいのすること。」
「一口飲めば、病なんぞけろりじゃ。」
「どんどん若返るものなあ。」
などと、噂を広げていった。
噂だけでなく、本当に、目くらの目が、たちまち見えるようになり、いざりの足が、しゃんと伸びたという。 |
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泉の噂は、こうやって、人の口から口へと伝わり、ときの帝の耳にまで聞こえていった。帝も、この不思議な話を確かめたいと思われたのであろう。わざわざこの地までおいでになり、泉をご覧になった。そして、噂が嘘でないことを知られると、
「丞内が老いた父を思う心が天に通じて、褒美として、この泉をくだされたのに違いない。」
と、丞内を誉められた。
帝は、よほど強く感心されたのであろう、「霊亀」といっておったその頃の年号を、わざわざ「養老」と改められ、この年を養老元年と定められた。
そうして丞内を、美濃国をおさめる美濃守という役につけようとなされた。丞内は、
「わたしのようなものに、そのような大事な役はつとまりません。」
と断った。だが帝は、
「いやいや、丞内が老父につかえた心で、この国をおさめていけば、きっとうまくいくに違いない。」
と譲られない。
丞内もとうとうお受けして、美濃守となった。美濃守となっても、丞内の老父につかえる様子は変わらなかった。そうして、美濃の人々のためにも、よう働いた。
そんなふうであったから、美濃の人々も、よく従って、丞内は、立派に役目を果たすことができた。
丞内と老父は、末永く幸せに暮らしたということである。
(「美濃と飛騨のむかし話」(岐阜県小中学校長会)より 転載) |
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