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広報誌 ネット&ライン No.101 2003 夏号
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 このコーナーでは、13年度「四季の美術」、14年度「旋律への誘い」を掲載してきましたが、15年度は、むかし話を懐かしみ、ひと時の憩いにと思い岐阜県小中学校長会の協力を得て「岐阜むかし話」を掲載することとしました。

 むかしむかしのことや。
 今でいう愛知県の羽黒という村に、福富新蔵という侍がおったげな。
 月の明るい八月十五日の夜、その村の本宮山へ、新蔵は犬を連れて登っていった。
 人と犬の影が、はっきりとでごへごに小道にうつり、木のかげや、岩のかどを、縫うようにして進んでいったんや。
 犬の影は、新蔵の影の前になったり後になったりしとった。
 ときおり、横へそれがちな犬を、新蔵が口笛を吹いて呼ぶほか、山の中は、しいんと静まりかえっておった。
 山のいただき近くになったとき、突然、二頭の犬は新蔵の前へ進み出て、ひどく吠え始めた。
 何事かと思って、山のいただきの方を、新蔵がよく見ると、黒い岩の間に、白いものが見える。
 白いものは、何か知らんふさふさしとった。
(さあて、あれはなんじゃろう?)
 隔たりがあるのと、月のあかりでは、ようっく見定めることができん。もう少し近寄って見ようとして、一歩一歩足を進めかけると、犬が新蔵の方へ向きを変えて吠え立てた。
(や、や、どうしよう。近づいてみんと、何じゃかわからん。)
「これっ、しっ、ついてこい。」
「これっ、しっ、ついてこい。」
 新蔵は、犬をせきたてたが、進もうとしないばっかりか、新蔵の足元に転がったり、ぐるりを、しゃにむに駆け回ったりした。
「これっ、なにするんじゃ。」
「これっ、なにするんじゃ。」
 新蔵は犬をたしなめた。
 物音ひとつしない静かな山ん中やが、いただきに近いそこらあたりだけは、何とも騒々しいことになってしもうた。
(さあて、犬どもが、こんなにわめくには訳があろう。じゃあ、ようく見て、白いふさふさを確かめよう。)
 新蔵は二つの目玉を見開いて、ようくようく、見てたんや。
 人のようや。
 老婆のようや。
 待てよ。待てよ。
(あっ、やまんばや!話には聞いたことのあるやまんば。)
 新蔵は、さっと矢を取り出して、弓につがえた。今まで騒いでおった犬は、急におとなしく新蔵の足元にすわった。
 やまんばめがけて、きりきりと引き絞ったつるを、新蔵が放ったとみるや、矢は確かに当たったようや。
 そのとき、今まで明るい月夜の空であったのが、にわかに暗くなり、闇の夜になってしもうた。
 新蔵は、あっけにとられて立ちすくんだ。あんなに元気だった犬も、思いがけないあたりの変わり方に、すっかりしょげこんで、じっとしておった。
 それから、どれほどの時間が経ったかわからん。
 とても長かったようにも思えたし、突っ立ったままでおったことから考えれば、ほんのわずかな時間であったかもしれん。
 空を覆っていた黒いくもがさらさらっと流れていってしまい、いただきには、もうやまんばの姿は見えなんだ。
 犬がいただきの方へ走っていったので、新蔵もその後を追っていった。
 するとどうだろう。やまんばのおったと思われる所には、鮮やかな血の跡が残っておった。そうして、そこから点々と血の跡がどこかへ続いているようやった。
 夜の明けるのを待って、新造は、その血の跡をたどっていった。
 点、点、点、点………。
 血の跡、点、点、点………。
 山のふもとまで、人の歩けそうな所はない。たどっていくのに、ほとほと苦労した。
 岩のがけっぷちで、血の跡がきれていると思うと、その下あたりから、また続いとるというふうや。
 山を下りると、道のわき、田のあぜ、竹やぶと、ほとんど道の無い所にも続いておるのや。
 やっとのことで、余野里という村の、ある家の門口へついた。血の跡は、そこで消えとった。
「ごめん。ごめんなされ。」
 新蔵が声をかけると、中から出てきたのは、その家の主人のようであった。日焼けした顔、ふしくれだった手からすると、百姓をしとる人のようや。
「何の用でおいでなのでございましょう。おやおや、新蔵さんじゃねえか。」
「おっ、久しぶりじゃ。おまえさんとことは知らずに、ちょっとこちらに用があったもんで。」
 その家の主人は、新蔵がずうっと以前知り合った人で、全く思いがけないことやった。
「おたくには、あなたの他に、どなたかおいでになりはしまいか。」
「あのう……。妻が実は風邪で寝ております。」
「ふむ、風邪で?」
 その家の主人は、見舞いの客でも迎え入れるように裏の座敷へ通した。確か、その妻は、機織り女やった。通されてみると、そこには、布団はしいてあったが、誰も寝ている様子がない。
 ただ布団の上に、血がこぼれとるだけ。
(いったい、どうしたことなんじゃ。)途方にくれてあたりを見回したが、主人の姿も見当たらない。ただ、障子に一首の歌が血で書いてあった。
  求めきて ちぎりの末に あらわれん
  今かえりゆく ふるさとの池
 おやっと思ってその歌を口ずさんどると、裏口の方で、犬が吠え立てた。
 新蔵が裏口へ出てみると、そこからまた、血の跡が続いておった。
(射殺したやまんばは、ここのかみさんなのやろうか?)
 どんどんたどっていくと、木曽川の岸で消えて、しかも、向こう岸まで続いとるように思えた。
 新蔵は、これは、何がなんでもこの川を渡って、もっと、向こうへつけていってみたいと思い、苦労して川を渡っていったんや。 やまんばを弓で射てからの新蔵は、まるっきり、この血の跡に、取り付かれてしまったようになっとった。
 川を渡ったところから、また血の跡が続いとるんや。
 血の跡は、『鵜沼』というところにある広池で消えとった。じっと、池の水面を見つめておると、血のにじんだおがせが浮いとった。



 新蔵は、月の夜の山のいただきで、ただやまんばやというだけのことで、何のわけも無いのに、弓で射殺してしまったことを、心から悔い、傷の養生にと、木曽川の魚をたくさん獲ってきて、やまんばにおくったげな。
 それまで、広池といったけど、それからは、おがせの池というようになったのや。
 池には魚がおらなんだが、やまんばの食べ残した魚が、だんだん増えていって、今では、たんとたんと魚がおるんや。


※おがせ…むかしは、苧で着物を織ったから、そのつむぎのかせ(束)のことを、おがせといった。

(「美濃と飛騨のむかし話」(岐阜県小中学校長会編)より転載)

お詫び
 先に発行しました Net&Line No.100の「岐阜むかし話」で不適切な表現がありましたことをお詫び申し上げます。