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昔、美濃の桜堂薬師の辺りに、それはそれは大きな池があったそうじゃ。向こうの岸がぼんやりとかすんで見えるほどで、真っ青な水をいっぱいたたえ、まるで海のような、広い広い池じゃったそうな。
いつもは静かな池で、波も立たず、水面には、時々小魚が、白い腹を見せては、跳ねておった。
岸には、赤い花やら黄色い花がいっぱいさいて、たいそうのどかなところじゃった。
村の人たちも皆仲よう、せっせと働いておったそうじゃ。
ところが、いつの頃からか、この池に大きな恐ろしい竜が住むようになった。それからというものは、この竜のおかげで村の人たちは、散々苦しめられるようになった。竜というやつは、暴れだすと、もう何とも手のつけようが無いものと見えるのう。
これはある年の夏の日のこと。
村の人たちは、いつものように田んぼへ入って田の草を取っておった。
すると、風も波も立たない静かな池に、ザワザワと波が立ち始め、どこからともなく、なまぬるい風が吹き始めたというのじゃ。田の草を取っておった村の人たちは、
「なんじゃか、おかしい。」
「変じゃのう。気持ちの悪い風が吹く。」
そう言って、あっちの田んぼでも、こっちの田んぼでも、皆腰を伸ばして立っておった。
すると、今の今まで真っ青に晴れていた空が、にわかに曇り始め、辺りは、みるみるうちに真っ暗になった。
やがて、どこからともなく、ゴウゴウという地響きがし始め、空からは、たたき付けるような大雨が降ってきた。なまぬるい風は、暴風に変わり、稲妻が、天と地を引き裂くように、西からも東からも光って走る。
その時じゃった。
池の中から、ものすごいしぶきを上げて、竜が踊り出た。
竜の目玉は、ぎらぎら光り、池の水は、狂ったようにうねる。波は逆巻き、溢れる水は、ゴウゴウと池から流れ出す。
村の人たちは皆青ざめて、互いにしがみ付きながら、やっと家まで逃げ、
「いったい、何のたたりじゃろか。」
「恐ろしい、恐ろしい。」
そういって震えながら、嵐の止むのを待っておった。
こうして、のどかな村も竜が住みつくようになってからは、一変に変わってしみ、度々の大嵐に、村の人たちは不安な毎日を送っておった。
ところがそのころ──。
この池の程近いところに、二人の立派な武将が住んでおった。一人を日吉、もう一人を月吉と言った。
その二人の武将が、ある晩のこと、まったく同じ夢を見たというから不思議なこともあるものじゃ。
その夢というのはな。日吉・月吉の二人の武将がぐっすり眠ったころ、それぞれの枕元へ、一人の白髪の老人が現われ、
──わしは、人々の幸せを守る、慈しみ深い仏なのだ。お前達は、日吉・月吉というが、その名をつけたのはこのわしである。
昔、わしの使者に、日光菩薩・月光菩薩という、二人の立派な使者がいた。わたしは、その使者の後をお前達二人に継がせて、この世の中の幸せを守らせようと、日吉・月吉と名づけたのだ。
ところで、この池に人々を苦しめる竜が住みついて、仏の道を乱していることは、お前達もよく知っている通りである。
これ以上、わしはこの竜の乱暴を見過ごすわけには行かない。
お前達二人は、わしの使者として誰にも恥じない立派な武将だ。お前達のその威力でこの竜をすぐ退治するのだ。神の弓矢をもって、必ず竜を討ち取り、村のもの達を安心させるのだ──。
枕もとの老人はそう言って、すっと姿を消してしまった。
日吉・月吉の武将は同じ晩に同じ夢を見、老人から聞いた不思議なお告げを話し合った。
「我々は、今すぐ竜を討ち、人々の幸せを守らねばならぬ。」
そう心に決めた二人は、さっそく桜堂薬師の裏山で、お告げの弓矢を削り、竜退治の準備を整えた。
二人は池の淵のススキの中に身を隠して、二晩三晩と、竜の出るのを待った。
その次の日の晩。
夜も更けて三日月が静かな池の水面を照らしていたが、やがてその水面をなでるようにして、なまあたたかい風が吹き過ぎた。
すると、どこからかかすかに天地が鳴り始め、ザワザワと波が立ち始めた。
「出るぞ。」
「竜だ。今に出るぞ。」
二人の武将は神の弓矢を握り締め、じっと水面を見つめていた。
やがて、波が大きなうねりを見せ始めたと思うと、池が裂けるようなしぶきを上げて竜が踊り出た。そのとたん、大きな稲妻がぱっと走り、竜の目玉がぎらぎらっと光った。
「今だ。」
二人の武将は、神と仏に祈りを込めて、同時にはしっと矢を放った。
二つの矢はうなりを立てて、まさしく竜の頭を射抜いた。
「射たぞ。」
二人が声を上げた瞬間、天地の響きも、稲妻もぴたりと止んで、辺りはもとの静けさに返った。
不思議なこともあるものじゃ。
二人の武将が竜を退治した次の日から、この広い広い海のような池の水が日に日に引き始め、そのうえ、池の底から土がだんだん盛り上がり、よく肥えた野原になっていったんじゃと。
その後、竜がいなくなったのどかなこの野原へ、よその土地から移り住む人々が増え、その往来で道もいくつかできた。『土』が盛り上がり『道(岐)』ができたというので、この辺りを、『土岐』と呼ぶようになり、それが今の瑞浪市土岐町の辺りと言われている。
また、日吉・月吉の武将は竜を退治した後、この地を去り、程近いところに住んだが、その土地が今の瑞浪市の日吉であり、月吉であるという。
(「美濃と飛騨のむかし話」(岐阜県小中学校長会編)より転載)
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