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広報誌 ネット&ライン No.103 2004 冬号
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 むかし、名人といえばこの人というくらい、飛騨の匠は名高い大工であった。特に立派な建物を建てようというときには、わざわざ匠を招いて建ててもらったという。
 あるとき、飛騨の匠が今の加茂郡白川町の切井という所に招かれた。信心深い老夫婦が、仏さまをおまつりする立派なお堂を建てたいと思い、名人の匠を頼んだのであった。
 匠が、仏さまのお堂というので、特に念入りに仕上げをしたから、出来上がったお堂は、それはそれは見事な出来栄えであったという。
 さて、ねんごろなもてなしを受けた匠は、飛騨へ旅立った。みんなにほめられ、自分でもよい出来栄えと思える仕事を仕上げての帰りであったから、足も軽かったのであろう。昼近くには、となり村の黒川の中ほどまで来ておった。
 泡立つ黒川の流れを渡り、これから東白川へ抜ける峠道にかかろうとするあたりで、匠は足を止めた。
 振り返ると、正面は、なだらかにすそをひく箱岩山。ふもとのあたりに開けた田畑のそこここに、板ぶきの小さい屋根が散らばり、その名のように黒い石に囲まれた黒川が、真っ白に泡立ちながら、緑濃い山あいに吸い込まれている。
 (こんな所に、肩のこらん家を建てて、気ままに暮らしてみたい。)
 誰でもそんな事を考えたくなるような景色だ。まして、腕に覚えのある匠のこと、
 (こんな所で、頼まれた仕事でなく、気ままに腕をふるったら楽しかろう。)
 そんなことを思っていた匠の耳に、おあつらえむきの物音が聞こえてきた。音に誘われて、匠の足は道をはずれた。
イラスト そこでは、土地の大工たちが大勢集まって、家を建てておった。大工たちが、掛け声をかけながら、熱心に仕事をしておる様子を、匠はにこにこ眺めておった。
 匠の目から見れば、大工たちの仕事ぶりはお話にならないほどであったろうが、匠は何も言わず、ただおもしろそうに見ているばかりだった。
 そのうちに昼になる。大工たちは仕事に区切りを付けて、昼めしをひろげた。それを見て、初めて匠は声をかけた。
「のう。昼休みのうちだけで結構じゃが、わしにもちょっとだけ削らせてくださらんか。」
 みょうな旅の男が見物しておると思っていると、その男がこんなことを言い出したものだから、大工たちはおかしな顔をした。けれども、そこにあったちょうなを取り上げた匠が、慣れた手つきですぶりをくれるのを見て、
「そうやのう。そこの丸太でも削ってみんさい。」
と、一人の大工が言ってくれた。他の大工もおもしろ半分、
「どんなすばらしい腕前かのう。」
「いっちょう拝見さしてもらおうかのう。」
などと口々に言って、にやにやしながら眺めている。
 匠は、大工たちがいろいろ言うのにかまわず、にこにこしながら丸太の上に登った。そうして、たいして構えるというふうでもなく、無造作にちょうなを振り下ろし始めた。
 ちょうなは、気持ちの良い音をたてて丸太を削り、削られた木っ端が、勢いよく空中に舞いあがった。
 音の軽さと、すばらしい切れ味に気づいた大工たちが、
 (おや!)
と目を見はった時、もっと驚くことが起こった。
 空中高く舞い上がった、木っぱの一つが、くるりと一回転すると、人の姿に変わって、とんと地面に降り立ったのだ。度肝をぬかれた大工たちが目を白黒させている前で、匠は相変わらずにこにこしながら、ちょうなをふるい、その度ごとに一人づつ人の姿が現れた。

「あっ。あっ。」
と言ったまま言葉を失い、楽しそうにちょうなをふるう匠の神技にたまげて、ぼーっとつっ立っておった。
 木から生まれた人たちは、すぐに動き出し、手に手に大工道具をにぎって働き始めた。
 ある者はろくに測りもせずに板を切り、ある者は墨も入れぬ丸太から、たちまち柱を削り上げた。削られた柱は、ほかの者たちの手で、すばやく組み立てられていく。その動きにはひとつの無駄もなく、そして組み立てられていく家には、少しの狂いもなかった。
イラスト

 こうして木から生まれた人たちの手で一軒の家が出来上がるまで、人々はただぼーっと夢見るように、見とれているばかりであったという。
 大工たちが、やっと我に返った時、そこにいたはずのたくさんの人たちの姿はなく、そのうえ、ちょうなをふるい、人夫たちを手足のように使っていた男の姿も消えていた。だが、それが夢ではなかったしるしに、目の前には一軒の家が残されていた。
「あれは、いったい誰じゃったろう。」
「神さまか仏さまみたいなお方じゃったのう。」
 家は確かに新しいのに、もとからここに建っていたもののように、しっかりと根を下ろして立っていた。そして、大工たちが調べてみると、たちまちにして出来上がったとはどうしても思えないほど、巧みに組み立てられていた。
「このような木組みのできるのは、よほど名の知れた大工に違いないが。」
「そういえば、名人といわれる飛騨の匠が、切井で仕事をしてござると聞いたが、あれが飛騨の匠では。」
「うん。それに違いない。名人の匠なら、このくらいは朝めし前じゃろうに。」
「飛騨の匠のたわむれよのう。」
ということになった。
 それからこの家は『匠さまの昼休みづくり』と呼ばれて、名人匠の噂と共に、人々にめずらしがられた。名人の匠が、気まぐれに腕を振るったからであろうか、普通の匠の仕事とは違って、見るからに荒々しく、生き生きとした建物であったという。
 加茂郡白川町の日面というところに『あやめ』というしゃれた名前の家号を持つ古い家がある。その家の奥の間が、その時匠の立てた家の一部であるといわれて、今も残されている。
 真っ黒にすすけた柱や板に残るちょうなの荒い削りあとにふれていると、匠のちょうなから生まれたという人々の、生き生きした掛け声が、今にも聞こえてくるような、不思議な部屋である。

(「美濃と飛騨のむかし話」(岐阜県小中学校長会編)より転載)