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広報誌 ネット&ライン No.91 2001 冬号
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春日村長
樋口 直嗣
  春日村は、岐阜県の西端に位置し、伊吹山(1,377m)に連なる峰々の東麓に位置する自然に恵まれた村です。
 村内には縄文弥生時代の石器や土器が採集、発掘されており、このころから人が住みついたことが確認されています。
 明治22年の町村制施行に伴い、同年7月に6か村が合併して春日村が誕生しました。
 春日村は、古くから茶、真綿、木炭、柴、割木、薬草などを大量に生産し交換経済を発達させてきました。
 特に本村の特産である茶の生産は宝治年間から始められ、近世には岐阜や長浜(近江)を始め遠く越前の新保浦三国湊の問屋などとも取引が行われていました。
 このように春日茶は本村の重要な産物として村の生活を支えてきました。現在も春日村六合、中央地域は茶栽培(無農薬)が行われています。
 また、伊吹山を中心に古くから多くの採薬師によって薬草の採集が行われ、安土桃山時代には織田信長によって薬草園が開かれ、生産がはじめられたとされています。
 薬草は、現在入浴剤、薬草酒、薬草弁当などに利用、加工され村の特産品として親しまれています。
 平成5年3月に春日村第3次総合計画を策定し「森に学び森と暮らす村」をテーマに村づくりを推進してきました。
 村が培ってきた財産は、森に生まれ、森に育てられ、先人たちが暮らしの中で引き出し得てきて学んだ「森の知恵」です。
 こうした営みの伝統は、決して失われてしまったものではなく、春日村の持つ豊かな可能性と21世紀を生きる正しい方向性を教えてくれます。
 豊かな森の恵みを見つめ直し、その現代的な価値を高めていくことによって個性豊かな村づくりに取り組んでいます。
 森の恩恵は、今日の経済成長に大きな貢献をしています。製炭による燃料、木材による住家の建築、水の供給による工業化の成長などが挙げられます。
 今日、山村は社会構造の変革によって、過疎化に悩む中で、歴史、文化の継承、村民の定住に懸命に努力していることを都市に住む人に深い理解をしていただきたいと思っています。
 人と自然との共生といいますが、山村に住む者の自然との共生は勿論のこと、都市と山村の共生が国家的な立場で議論されることが必要であると思います。また、そう願いたいのです。
 物の豊かさを求め続けた時代から、今、人と心を重視する転換期となり、地域に住む人々は改めて自分の住む地域を見直し、歴史、文化を大切に活動することが求められています。住民、企業、行政など、立場はそれぞれ違いはあっても「春日村に暮らす人」として、それぞれの役割を考え、分担して共に協力、助け合いの中でよく連携して村づくりを進めることが大切であります。
 春日村という地域から、広域市町村へと発展させる中で地域を美しく育てていくことに村民一人ひとりが自ら考えていくことが大切であります。
 森の文化博物館では、森と村民たちが育んできた物語をさまざまな角度からとらえて、山の神様の言い伝えや、伊吹山の薬草の採集と販路の歴史、民話や昔話、炭焼きを始めとする森の生業、麻布など森の文化を展示しています。
 森の文化博物館事業を進めていく中で、「森のフォーラム」、「シンポジウム」を開催し、新しい情報を発信していく場として活動しています。「森の染織工房アトリエの
」では薬草染、染織り体験等も行うことができます。こうした活動によって村人は村が持つ豊かな資源や可能性を再認識でき、誇りを持って暮らしていけると考えています。

 注 「の」は、春日村で木綿が普及する以前に衣料等として使われていた布(麻布)のことを言い、「ぬの」がなまって「の」と呼ばれていた。
 かすがモリモリ村リフレッシュ館は「薬草を生かして村おこしをする。」という目的で平成9年にオープンしました。
 ここでは、伊吹山麓で採集した薬草をふんだんに使った薬草風呂と、村に伝わる郷土食に薬草を加味し、中国の陰陽五行説に基づいて調理した薬膳料理がメインです。この「こだわり」が好評で年間10万人程度が訪れ、村の最大観光拠点になっています。