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広報誌 ネット&ライン No.93 2001 夏号
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随想

 上矢作町は、岐阜・愛知・長野三県の接点となっている岐阜県の東南端に位置し、南部は愛知県北設楽郡稲武町に、東部は長野県下伊那郡平谷村及び根羽村に接しています。
 町の総面積は13,096haで山林が90%以上を占め、標高1,709mの焼山をはじめとして800m〜1,200m前後の山岳に囲まれ、渓谷美に恵まれた自然豊かな山村です。
 私たちが先人から受け継ぎ、上矢作町の地域特性となっている山や川、土・水・緑・福寿草などかけがえのない大自然を今後も大切に守り、そこに育まれた山村文化と豊富な農林産物、病院や老人ホーム等地域の医療・福祉の拠点などを効果的に活用しながら、誇りと愛着のある町づくりを目指しています。
これらのまちづくりテーマを、第3次総合計画において「こもれびとせせらぎの福寿の里」と設定しています。
「こもれび」は広大な上矢作町の森と緑と将来への希望を象徴し、「せせらぎ」は絶えることのない大小の河川・清流や生活の源である水を意味します。「福寿の里」は既に特別養護老人ホームが東美濃高原の広域的福祉拠点として整備されていますが、町内に自生する幸せを招く花"福寿草"の群れ咲く"住みがいのある町"にしようとするものです。
▲福寿草自生地
医療と福祉の連携
 上矢作町では、医療機関や福祉施設が充実し、これらを利用する近隣町村との連携も強まっており、高齢になっても健やかで幸せに暮らすことのできる「福寿の里」が形成されています。人口3,000人足らずの上矢作町には、医療機関として60床の上矢作病院と訪問看護ステーション及び地域医療センターがあり、福祉施設として特別養護老人ホーム「福寿苑」、デイサービスセンター、在宅介護支援センターなどがあり、すべて町立で運営され、有機的に連携をとって地域の保健福祉活動を展開しています。

モンゴルとの国際交流
 21世紀を担う青少年が未来にむけて敢然と生き抜いていける人材育成を図るために、上矢作町ではモンゴル国との交流・協力を行い、地域レベルでの国際化の進展を図っています。
 平成元年にふるさと創生事業により、町の歌「上矢作町福寿太鼓」を制作しました。
 平成3年にこの曲を使って日本モンゴル文化協会により「モンゴル音頭」が作られ、これが同年6月モンゴルで開催された「大草原チンギスハーン音楽祭」で紹介されたところ現地で大好評を得、これが上矢作町とモンゴルの交流のきっかけとなりました。
 平成4年に当時モンゴル出身の天才少女歌手といわれていたオユンナさん(名古屋在住)が上矢作町の"ふるさとまつり"でコンサートを行い、彼女の澄みきった歌声が町民を魅了しました。以後毎年オユンナさんのコンサートが上矢作町で開かれています。
 平成7年からは上矢作中学の3年生を対象としたモンゴル派遣研修が始まり、現在まで毎年行われています。
 また、平成10年〜平成11年にかけてモンゴル国の内科医師が上矢作病院で1年間にわたって研修するなど、モンゴルとの交流が活発化しています。
 今年度は、モンゴルから15名ほどの子供たちを町が招待し、ホームステイや上矢作町の小中学生との交流を計画しています。
 国際化時代に生きる子ども達が外国人と直接ふれあうことによって、自分と異なる生活習慣の人がいる事を理解し、これを尊重すると共に、自分たちの地域や国を見直す機会とし、外国人とコミュニケーションを図る力を高めてもらいたいと思っています。

▲モンゴルの大草原での乗馬体験

モンゴル村
 平成9年度から整備を進めてきた体験宿泊施設「福寿の里モンゴル村」が平成12年6月にオープンし、モンゴルのオユンナさんに村長に就任頂きました。
 このモンゴル村は"ゲル"と呼ばれるモンゴル遊牧民の移動式住居を使った体験キャンプ施設です。恵那から国道257号線を南下すると、山間に突如と白い円筒形のゲルが18棟現れます。
 このゲルはモンゴル国から輸入したもので、一つのゲルには4名まで泊まれます。内部にはモンゴルから輸入したベッドや家具が備えてあり、モンゴルへ旅した気分でのんびりと過ごすことができます。管理棟には売店や風呂もあり、食事はバーベキューなどで楽しく食事を、昼はバードウオッチングや夜になると天体望遠鏡で星を見ることができます。

▲モンゴル村「ゲル」

災害を乗り越えて
 上矢作町は、平成12年9月何百年に一度という豪雨に襲われ、住家の全壊や浸水のほか道路や河川が寸断され山林が崩壊する等未曾有の被害を被りました。
 自衛隊や災害ボランティア、全県からの義援金など皆様の暖かい御支援により、当初の被害から立ち直り、現在は国や県の御支援により災害復旧工事に全力を傾注しているところです。
 破壊された「こもれびとせせらぎの里」を早急に復旧し、これを契機として以前にもまして住みよい上矢作町としたいと思っています。

▲恵南豪雨災害で河川氾濫により
浸水した家屋